旧・稽古場日誌

2002年5月〜9月の稽古場日誌です。 執筆:重松よしこ


 2001/07/26〜 | 2001/10/02〜 | 2001/12/06〜 |


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9月26日

『新京の動物園』8日目です。
てか最終日です。
とうとう終了。ご来場下さった皆様、ご協力頂いた皆様、本当にありがとうございました。
クラス一丸となって頑張ってきた、長くて豪華な文化祭が終わるような気持ちです。
ゴミもいっぱいでたし。
終演後、勢いで後片付けをしてから、お疲れ乾杯。
思い出話に花を咲かせる者、ダメ出しを始める者、今後の活動について語る者、アンケートを読み返す者、戦車に乗る者、戦車にケリを入れて壊す者、舞台上の井戸の底で熟睡する者。宴は未明まで続いたのでした。
が、私は夜明け前の途中峠をひた走り、滋賀県に帰ってきたのでした。
お疲れ様でした。

9月25日

『新京の動物園』7日目です。
本日はもう何をかいわんや、で200人規模のお客様。どこまで動員が増えるのやら、怖いやら嬉しいやら。立ち見のお客様、申し訳ないです。お疲れ様でした。
今日も大木湖南は乳首を見せるし、ご飯時などすぐにつるみたがる若者グループは、長老組に「ビバリーヒルズめ」と揶揄されつつも羨ましがられるしで、これが日常になってきてはいるが、明日で終わり。差し入れで頂いたビールが、日毎に目減りしていくのは気のせいだろうか。
今夜はとうとう装置のうりやまさんまでもが板橋の物まねを披露。よいものを見せて頂きました。
そして今日もゆであずきがお手伝いに駆けつけたので、散々いじりたおす。最近ネコを飼い始めたとかで、名前が「ミーちゃん」って、もうちょっとなんかないのかオイ。しばくぞ。
音響・椎名さん、寺本さんとともに、吉田寮食堂で公演中の劇団ショウダウンを陣中見舞う。看板役者の蜜比呂人さんが脇目もふらず小道具を直している横で、遊んで喋って食って帰る。明日も早いしね。

9月24日

『新京の動物園』6日目です。
役半年ぶりに休団中のゆであずきに会う。受付を手伝いに来たのだ。ゆであずき節は衰えを知らない、どころかますます大炸裂。ゆであずきフォーエバー。
そのゆであずきは中村こず恵の演技におおはまり。単なる一ファンと化していた。
夜の公演の前後に、入り口にろうそくをたてているのだが、今日はとうとう火傷してしまった。粗忽な私が今日まで無傷だったほうがおかしいのだが。右手の人差し指。痛いよう。
そして今日も昨日規模でお客様がご来場。募るプレッシャー。通路のお客様、申し訳ないです。
公演終了後、舞台上で役者達の写真撮影。照明も当たって、みんなカッコいいっす。最後の最後にはスタッフやお手伝いの方も集まって集合写真を撮っていただいた。
解散後も、ニットキャップの女子が久々に全員集まったので、雑談に花が咲いたのでした。

9月23日

『新京の動物園』5日目です。
本日もえらいこっちゃな数のお客様が来られて私はえらいこっちゃ。本公演の最高入場者数を大更新。ついに、ついに通路にお客様を入れてしまいました。
最近、ごまのはえの呼称が「ごまっぱえ」になりつつある。なぜ江戸っ子風? 彼自身は何も思うところはないようである。ごまっぱえ。
折り返し地点を過ぎ、ここらでお酒を飲みましょうということで、受付前に机を出して乾杯。
この公演期間中、様々なことが流行っている。安田のレベルアップ音と並んで一大旋風なのが、板橋の演技の模写。台詞を吐くときのうねりっぷりや、欽ちゃん走りのような動きなど、それはもう誰でもできてしまうわかりやすさ。特に、板橋と相思相愛のラブっぷりをみせる国本さんは秀逸。完全コピーしている。本人までもが
「あぁ、俺、そんなんなんやー」
と感心する始末。
夜も深くなるとだいぶ寒さを感じる。それぞれ衣装のなかから長袖をチョイスして着用。白衣は使える。
そうこうしているうちに、電游の物販ビデオの中から『天つ狐乱れにぞ』をチョイスして、舞台上の大スクリーンにて上映会が開催された。舞台上のスクリーンに舞台のビデオ。もうわけがわからない。
衛星の岡嶋さんがナスのもったいないオバケ役で出演されていた。ものすごいテンション。素晴らしいの一言。よいものを拝見しました。

9月22日

『新京の動物園』4日目です。
最もお客様が多くご来場される日。客入れフル稼動ですが私の容量が満杯。ご迷惑をおかけしました。
そんなわけで、今日もビデオの録画ボタン押しを頼まれていたのに、失敗してしまった。ほんますんません。
大木湖南は自分の出番が終わると、楽屋から受付前に出てくるのだが、汗まみれの顔で、衣装をはだけて受付嬢達に乳首を見せて微笑む。必ず乳首を見せる。必ず左乳首である。肌は真っ白である。
本日はその大木湖南と、制作の小川さんのダブル誕生日。差し入れにケーキをいただいたので、終演後、ろうそくを灯してお祝い。ああ和む。
差し入れの中でも出色だったのが、舞台美術のあっこさん宛ての段ボール箱。何が入っているのやら興味津々で開けてみると、中には洗剤やらサランラップやらレトルトカレーやら袋菓子がわんさか。名付けて「仕送りセット」。
本日は劇団ショウダウンの公演が初日を迎え、会場が同じ京都大学の構内、更に22時開演の公演があるので、連れ立って見に行く人が多数。みんな元気だなあ。
次のステージに向けて更に改良を加えるべく、大道具に手が加えられることになった。ごまのはえがあのシーンでアレするらしい。

9月21日

『新京の動物園』3日目です。
西部講堂前の広場で役者がウォームUP。受付では挟み込みのチラシを持ち手つきの袋に詰める作業。この袋は便利です。
昨日、安田をテンパらせていた立て看板、「動物園アーチ」が完成。講堂入り口に設置。夜の部では背後からライトアップされて、それはそれはステキ。なんだが、取り付ける時点で、どうも安田は平行感覚がナナメらしく上手くいかない。門脇&筒井のニットキャップフレッシュコンビに揶揄されっぱなし。しまいに妥協される。安田軽く落ち込む。がんばれ、傍で見てたら楽しいから。
ルーさんこと大木賢二さんが、休憩時間にキャッチボールをしたいがために、グローブとボールを持参。よこえによると、大木さんは、繁華街に位置するホール・アートコンプレックスでの本番の際も、休憩時間を利用してスニーカーを買ってきたらしい。なんてアクティブな人なんでしょう。
今日はなんと私めが開演のごあいさつをさせていただいた。その前に、開口部を閉めるのと、ビデオの録画スイッチを押すというとんでもない重責が課せられ、もうすりきりいっぱい。
終演後は、差し入れで頂いた数々のお菓子に囲まれて、吉村奈知さんのお母様のお名前あて大会。舞台上ではマッサージ大会。様々な情景から、お疲れ具合が伺える。
そして、照明操作の魚森さんがイントレにぶつかってしまい歯が欠ける。お菓子を召し上がることができません。ぴんち。

9月20日

『新京の動物園』2日目です。
昨日・今日と本当にたくさんのお客様がご来場下さってどうしましょう。ありがとうございます。
開演中、私共受付班は、チケットの整理をしたり終演後の準備をしたりしている。その横を、出番の役者が全速力で移動してゆくことがある(退場時と異なる場所から登場する場合など)。「う、産まれるぅぅ〜」とかアテレコして楽しむ。
今日は、旭さんがビデオを撮って下さったので、本番終了後再生してみる。谷くんの演技に谷くんがツッコむ。自給自足である。えらいなあ。一緒のシーンに出ている西の演技についても、
「こういうタイプは対処がわかってる。俺と一緒やから」
と冷静な分析。
大快さん宛てでいただいたメロンをみんなで食べて幸せ。
さて帰るまえに安田一平をいじっとこう、と思ったら、今から立て看板をつくるとかでいっぱいいっぱいになっていた。彼は最近目覚しくレベルが上がっているらしく、そのたびに誰彼ともなく
「いぺぺぺっぺっぺっぺ〜(EX.ドラクエ)」
と効果音を発してあげている。愛されてるなあ。と思った。手伝わんと帰ってごめん。谷くんと西が救いの手を差し伸べるのを見届けて帰る。

9月19日

久々どころか今日は『新京の動物園』公演初日。もう何も言うまい。というわけにはいかないのでお伝えします。
まず、西部講堂に到着してすぐさま、畳屋さんに不要な畳表を頂きにゆく。川端通りを赤トッポで疾走。
「芝居をやってまして、客席に敷く用に頂きたいんですが」
と説明したら、快くお譲り下さったばかりか、端っこのほつれどめまでしていただき感謝感激。S畳店様ありがとうございます。
西部に戻り受付準備。受付を照らす照明の電球が切れていたので、またもや川端通り疾走。
本番はつつがなく終了、したわけではなく、あろうことか脚本家のごまのはえがセリフをおもっきし間違えてたらしい。しかも人名。だめだめじゃん・・・
本日は早めに解散。そして明日は昼すぎの集合。ホール入りしてから今日まで、みんながみんな、よほど寝ていない、と言うか帰宅していない状態だったので、全員が歓喜。
「今日は寝祭り」を合言葉に三々五々帰宅。英気を養い明日もスパーク。

8月29日

またも久々の日誌になってしまった。家とバイト先しか知らない夏が終わる。
関係なくて申し訳ないが、バイトに行く直前に見ていた『ごきげんよう』のゲストが乙葉で、思わず食いつく。
折角なので新しいパソコンちゃんの画像でもUPしてお茶を濁します。えい。

8月5日

仕事を早急に済ませるためにスキャナとプリンタ、棚も購入。
欲しかったプリンタは一軒目品切れ、「取り寄せに5日かかる」と言われて断念。二軒目でお持ち帰りカードの最後の一枚を発見。念のためプリント見本を見ていたら、意外にもキャノンのモデルが乙葉で、思わず食いつく。
帰宅して棚を組み配線をしインストール。仕事バリバリできそうなステキな空間が誕生。よいものをつくらねば。

8月3日

チラシのミーティング。
真面目な話もしていたのに、合間の雑談のほうが異常なテンションになってしまった。
板橋「そりゃもうスXXXXXしかないよ」
多賀「嵯峨の方に逃げたい」
大木「鈴木あみの写真集見ていいスか」
もう好き放題である。
たんまり宿題をもらって帰宅。

8月1日

やばい。
  チラシ作業とパソコンの乗り換えに興じていたら、一ヶ月もの間、日誌が滞ってしまった。申し訳ないです。
この一ヶ月間は、みんなで小暮はなさんという女性ボーカリストのライブを見に行ったり、次回作『新京の動物園』に関するミーティングやら読み合わせやら稽古やらがあったり、客演の役者さんを探しまわったり、立て看板を作ったり、チケットを売ったり、更に次々回公演のチラシを練ったり、それはもういろいろあったのだが、もはや記憶がマイルドに薄い。
だがしかし、相変わらずごまのはえは携帯の操作を人に尋ねる。
個人的なトピックスは、2週間前、ニットキャップ制作陣の巣である板橋邸に初潜入を果たした事。
ほとんど拾い物で構成されているリサイクリストな空間。入居当初より照明のカサが無かったらしいが、
「2月(引越しシーズン)になったら落ちてるヤツ拾いに行くわ」
と暢気満点。ちなみにポスターはMEGUMIでした。ごまと大木が食い入るように見ていたのは秘密。

6月26日

夜を徹しての来期ミーティングで燃え尽きる。
燃え尽きるも結論出ず。
帰宅は午前2時。もうやばいです。寝ます。
西が風邪をひいていたのでまともなことを言ったりしていたが早く治るといいな。

6月22日

「サンポット」というバンドのライブを見に扇町ダイスへ。
途中の果物屋さんでバナナを見つけたので差し入れにと購入。
ライブのほうは、激しいドラムの人のメガネがいつ飛ぶのかがとても気がかりであった(毎回飛ぶとの噂)。気を抜いていたら、いつの間にか飛んでいて、
「ああ見逃したな」
と思っていたら、いつの間にか戻っていた。悔しい。
あと、楽屋で
「ニットキャップシアターという劇団の宣伝美術をやってます」
とかゆってたら、その日の対バンだった「プレハブ」のベースの人が、
「この前その代表の人と喋りました」
と仰る。驚く。なにを喋ったんだ、ごまのはえ。

6月21日

ニットキャップの次回大阪進出の探り入れも兼ねて、劇団飛び道具の受付お手伝いをしに、心斎橋ウイングフィールドへ。
ビルの6階に位置し、途中までエレベーターで上がってその後階段を昇る、非常にややこしい順路。一階の受付もスペースに限りがある。人員配置に悩むところである。
公演を拝見させていただく。舞台美術(というか装置)が素晴らしい。

6月17日

ショウダウン楽日。
最終ステージでは、2階席に立ち見も出る盛況ぶり。
その客入れをこなした後、ニットキャップの時期ミーティングへ。しかし話が例によって要領を得ず、実のある話にならないまま席を辞し、ショウダウンの打ち上げ会場へ。
目標動員大達成ということで、店内には大入り袋が飛び交い、全員が叫び、抱き合い、泣いて、脱ぐ。入り口で嬌声を聞いたときには、このまま帰ろうと思った。が、見つかって引きずり込まれる。温度差がありすぎるので、とにかく食べることに徹する。異様なテンションのまま閉店時刻を迎え、三条河原で花火へとなだれ込む若者達。こんな熱い打ち上げ、久しくやってないなあ。
ニットキャップの場合、最近の打ち上げはお手伝いさんやスタッフさんへの接待の場なので、なんだかしみじみなのである。だがしかし、いつかとてつもない目標を設定して、達成して、かつてのように爆発してみたいなと、思った夜であった。

6月16日

本番の合間を縫って、合同公演の地図原稿を、電游の宣伝美術担当・尚さんとこに送信。やっと合同公演への貢献第一歩。

6月15日

ショウダウン、ホール入り。
今回は前説も担当しているので、頼まれてもいないのだが、内容に沿うように舞台衣装を用意してみたり。戦車が出たりするのでそれっぽい深緑色。舞台の配色とバッチリで良い感じ。
お客様の入りも上々で、隙間なく入って頂けたので、客入れとしては及第点かと。

6月13日

合同公演全体ミーティング。『新京の動物園』第2稿の読み合わせ。
第1稿とは雰囲気が変わる。生活臭が濃くなった、と言おうか。ごま臭くなった、と言おうか。ごまのはえはもう一度書き換えるつもりでいるらしい。

6月12日

よしもとrise−1シアターのイベント『博士の異常な研究』に参加。でも仕事で行けなかった。スマナイ。

6月11日

ショウダウンの原稿全て完成。今回も非常に長い道のりであった。
あとは印刷がキレイに出てくれるのを祈るのみ。

6月9日

電游との合同公演の打ち入り。ショウダウンの通し稽古を抜けつつ会場へ。
毎週一度は全体でミーティングを持っているのだが、先週は仕事で欠席したので、その分の宣伝美術の話し合いもざくっと兼ねる。チケットはもうすぐ発注せねば、とのこと。忙しくなってきた。
ごまのはえもいい塩梅で丸まっていた。聞けば、12日のイベントは『ドン亀日記』の新作をやる予定で、台本も上がっていたのだが、諸事情により『アサリ』に変更。残念ながら『ドン亀』はお蔵入りとなったが、いずれ日の目を見ることだろう。
仕事の話をすませてからがっちり食し、再びショウダウンの稽古場へ。もうとっくに通し終わっているかと思いきや、まだエンディングにも達していなかった。今回は長い芝居になりそうだ。

6月8日

劇団ショウダウンのパンフレット作成を請け負っているので、そちらを進める。
劇中に戦車が登場するので、ペーパークラフトにしてパンフに載せよう!と思い立ったは良いがなかなか大変。実際にプリントアウトして組み立ててみたら1時間は余裕でかかった。誰か本当に作ってくれる人はいらっしゃるのでしょうか。

6月4日

イベント出場が決まったので様子を見に稽古場へ。三々五々練習をしている模様。
新人有志の課題発表。ごまのはえ曰く
「ニットキャップ史上初、コンテンポラリーダンスの発表」
とかゆってたが、蓋を開ければ、アカペラサークル出身の門脇が中心となって、家庭の朝食の模様をボイパで構成した寸劇がでてきた。すごいものを見させてもらった。

5月31日

京都大学西部講堂にて、電視游戲科学舘内ユニット・シュガーレイクスの初公演のお手伝いをさせて頂いた。髪をさっくり切った西恵も受付お手伝いに参加。そして公演をこっそり拝見。
全編ダンス。一時間半の公演時間中、一時間くらいダンス。役者さん達の見栄のよいこと。うちの団員は大概があんこ体形のモンゴル顔、ダンスなどどうにもこうにもキマったことがないので、羨ましいなあ。
終了後、うだうだ残って、音響をされていたナポレオンプロダクトの椎名さんやら電游代表の国元さんやら役者の谷くんやら制作の北川さんやらと談話。楽しい一日でございました。

5月29日

地味に稽古場日誌再開。
来年夏に公演予定の台本を読む。ごまのはえ節炸裂、といった印象。彼の作品にしては珍しく、女性の物語なのだが。ラスト、ものすごい投げっぱなし。
休憩時間に、部屋の空気を入れ替えるために窓を全開にする。虫が入ってこないように、明かりを全部消すと、外の街灯の光だけがほのかに差して、なんだか幻想的。
新入団員の門脇君の声はとってもシブイ。女子が順番に並んで
「・・・君を愛してる・・・」
とムリヤリ言わせていた。イジメか。
終了後、イラストレーターの三上まりのさんを加えて、次期ニットキャップのチラシについてミーティング。現在は電視游戲科学舘との合同公演の準備時期でもあり、いよいよ複数の仕事を同時平行で進めないといけない。気合いをいれねば。
あと、新入団員の紹介も載せねば。ああ。門脇君と筒井君、フレッシュな男性2名を入荷しました。よろしくお願いします。


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