Nature in Blood3
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  「まいっちゃうわね、もー!…こんなショボイ仕事でケチが付くなんて。」
初歩的な仕事の手順を踏み違えたのは自分である。今さら強がっても自分を呪っても、既に後の祭りだった。
何しろ“絵に描いたような”絶体絶命の大ピンチである。
辺りを見回してみても逃げ道はなく、息を殺しつつ耳をすませば、けたたましいアラート音に混じってオートセキュリティマシンがひっきりなしに走り回っている音がする。見つかるのは時間の問題であった。
「相手が機械だったのがせめてもの救いね。A・Hのガードなんかいたら…」
余計なことを考えるのはやめた。
今はどうにかしてこの場を上手く乗り切らねば。そのことだけ考えればいい。
…って、だからどうやって!あ〜もうイライラするわね!
焦れば焦るほど頭の中はパニックに陥っていった。

暗がりの中、ヒステリックに頭を掻きむしりながら必死に良案をひねり出そうとしている女がいる。
何やら滑稽な構図でもあった。
お天道様の下でよくよく見れば、きっと別嬪さんであろう美貌も台無しである。



彼女の名はアイラ。苗字はない。
大好きだったシスター・メイが付けてくれた名前だ。
「アンタはサ、良く気が付く子なのに、そそっかしいのが玉に瑕なのよね…」
まるで口癖のように聞かされてきた台詞だ。
「それと気まぐれな事ね。本当ネコみたいなんだから。」
――自分がネコ科のA・Hであることは知っていた。
親もなく、気が付いたらダウンタウンで浮浪児をやっていたアイラは、孤児院の真似事をしていた教会に拾われ10代半ばまでを過ごした。
彼女にとってみれば帰るべき家であり、想い出いっぱいの大好きな場所であったが、お人好しばかりを集めたようなその教会は、後から後から見境無く身よりのない子供達を拾ってきてはギリギリの財政をさらに逼迫させて維持費を賄っていたため、いい加減OBだった自分もさっさと自立して稼いで行かねばならなかった。
そうして選んだ職業が裏家業の何でも屋というのは、果たして正しい選択かどうか彼女には自信がなかったが、
自分の食い扶持を稼ぎながら教会の運営費を少しでも捻出しようとまで考えたとき、これ程手っ取り早い金儲けの道はなかった。
なんといっても自分はA・Hなのだ。度胸さえあればいくらでも稼げる気がした。
無論、シスター・メイはそんなこと望んではいるまい。
それでもいい。自分が勝手にやっていることだ。それ故、いまだ仕事のことは打ち明けず寄付も匿名でしている。
たまに帰っていつものように軽くお小言を聞かされ、子供達と遊んでやればそれだけで彼女は満足だった。

今日もいつもと同じように紹介屋のウェイ爺さんから格安で宛ってもらった依頼――当然、上利はいいとは言えなかった――をこなし、その足で教会に向かうつもりであった。
…それがこの有様である。
首尾良く本日の獲物――二流企業の極秘データ――をゲットしたまでは良かったが、事前にセキュリティチェックの見落としがあったらしく、データをコピーし終えた直後、機密保持のための手段か全てのシステムがダウンした。
おかげで電動のシャッターはびくともしない。ご丁寧に、見るからに堅牢そうな鉄策が降りていた。
「もう!アッタマ来ちゃうわね!」
腹いせに鉄策を蹴り飛ばしてみても痛いのは自分の足の方だ。
つま先に走る激痛に転げ回る自分の姿は我ながら格好悪い。


…こうなったら、強行突破しかない!
さいわい、長期ローンで買った一張羅の仕事着はステルス素材だ………そういう売り文句だった筈だ。
幾ばくか機械の目を誤魔化すことも出来るかも知れない………自信はないが。
一か八か、ターミナルをすり抜けて屋上にでも出られれば活路は拓ける。
「お、女は度胸…ってね!」
覚悟を決めたその時…

ビー!!!ビー!!!ビー!!!
死人でもビックリして起きあがりそうなボリュームで警報が鳴り響いた。
「両手ヲ頭ノ後ロニ組ンデソノ場ニ伏セナサイ!繰リ返シマス…」
振り返ると、そこには小型犬ほどの大きさのセキュリティロボットが迫ってきていて、生意気にパトライトを点滅させている。
――よりによってタチの悪いのに見つかった!
それは対人用セキュリティロボの中ではもっとも攻撃力の高い、通称『シーフキラー』と呼ばれる機種であった。その小さな見た目とは裏腹に、スタンボム・電磁ネット・広射パラライザーまで備え、どれもこれもえげつない威力を誇っていた。移動スピードも速く、走って振り切るのは容易ではない。
「二流企業のくせに、こんなにセキュリティに金かけられるんだったら、さっさと上場しなさいよね!」
余計なお世話である…。が、決死の覚悟でローンを組んだ一張羅が何の役にも立たなかったこともあって
訳もなく腹が立ってしょうがなかった。
だが現実はそんな余裕を見せている場合と状況ではない。
選択肢は三つあった。
おとなしく言う通りにして捕まるか、玉砕覚悟で殴りかかるか、そして…

「逃げるが勝ちって言うじゃない!!」
言い終わるより早くアイラは駆けだしていた。こういう時の行動は早い。脳より早く体が反応していた。
「逃ゲテモ無駄デス!止マリナサイ!」
こういう場合、止まれと言われて止まる莫迦はいない。
『シーフキラー』がターゲットの逃走を認識し追尾モードに切り替わる僅かのタイムラグの間に、アイラは驚異的なスピードで追跡者との距離を広げていった。
だが今頃は、『シーフキラー』も相手がA・Hであることを確認し、追尾モードのレベルを上げたことだろう。
いつ追いつかれるか知れなかった。
それに、相手は一機だけではないのだ。
この先を曲がって、他の機体と鉢合わせ…あるいは既に動きをトレースされ、待ち伏せされているかも知れない。
どう考えても状況は最悪だった。



「そっちじゃない、こっちだよ!お姉さん。」
ふと呼び止める声がした。思わず立ち止まる。
今は一瞬でも時間が惜しい状況だったが、ココは用心深くゆっくり、ゆっくり、声のした方を窺う。
「こっちこっち!早く!」
  声の指示のとおりに逃げる。
まるでココの警備の全てを知っているような、盲点と最短距離を縫うような指示だった。
「おかしいわ」アイラはふと疑念に駆られる。
そう、変である。
声はアイラの耳ではなく、直接「脳」に届いているからだ。

そうこうしている内に脱出は成功。
侵入者を知らせるアラート音が聞こえるか聞こえないかの所まで逃げおおせた。
ほっ、安堵のため息をついたアイラは確信を得た。
「ああいう芸当を出来るのは一人しかいないわ」
そう言いながら、アイラは指をポキポキと鳴らす。
どすっ。何を思ったのかアイラはいきなりその辺の壁にパンチを一つ入れた。
すると、壁は見る見る内に一人の少女に変化を遂げた。「お姉、いたい。」
少女はお腹を押さえながらその場にうずくまった。
どうやら、壁と同化していたみたいだ。まるでカメレオン。
「どうして付いて来たの、メイファ。あれ程、「家」で大人しく待っててねって言ったでしょう?」
アイラは優しく問いかける。
「だって、お姉の仕事に興味があったモン。いつも、綺麗な洋服とかおいしいモノを持ってきてくれるから・・・」メイファはいたずらっぽく答える。
アイラは目をぱちくりとして驚いた。「何で私からの寄付だと分かるのよ? いつも匿名でしてるのに。」
「だって、ウチの「家」に寄付してくれる人って意外と少ないのよ。全員がOBで、他の人は名前を残してくれるの。だから」メイファは孤児院の財政状況を明るく語った。
「シスター・メイも言ってるわ。『見え見えな寄付の仕方をする子ね』だって」
アイラは天を仰いだ。
「なんなの、それ。今まで何度も家に帰ったのに、一言もそんな事言われなかったのよ。てっきり知らなかったと思ってたのに。」
アイラが、シスター・メイのその心遣いに気が付くのは、まだ先の話であった。

「ねえねえ、お姉。あたしと組まない?」メイファは自信たっぷりにアイラに詰め寄る。
「だって、お姉の仕事っぷりを見てると危なかっしくてしょうが無いわ」偉そうに言う。
アイラはあんぐりと、呆れている様子である。
「あたしの方がこういう仕事向いているかも知れない」
とメイファが口走った瞬間、アイラの平手が飛ぶ。「ぺちっ」
「・・・いたい」
「だめよ。こういう汚れ仕事はわたし一人だけで充分よ。」アイラは毅然と、そして悲しげに言い放つ。
負けずにメイファは言い返す。
「お姉は知らない話だったんだけど、OBやOGの寄付だって全部や全部が、『綺麗なお仕事』じゃないのよ」言い返している表情はもう半泣き状態である。
「他のお兄やお姉がどんな仕事してるか気になって、付けてみたら色々なお仕事してて・・・」
「シスターメイがこの事知ったら悲しんじゃうから、ずっと黙ってて・・・」
アイラは優しく問いかける。
「だからといって、メイファもこういう『お仕事』をして良いって話じゃないのよ、だから泣くのは止めて」
「・・・うん」メイファは素直に頷く。
とりあえず、2人は家路につく事にした。