Nature in Blood1
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  「うわぁぁぁぁ」
男はベットから飛び起きた。
表情は強ばり、脂汗が体のあちこちから滲み出ている。
「はぁ、またあの夢か・・・」
男はベットからするりと抜け出し、汗を拭きながら着替えを始めた。
ばたばたばた。隣の部屋から騒がしい足音が近づいてくる。
「先生、大丈夫ですか?」
少年が男に問いかけた。
少年はAHで犬属性だ。背丈は1m40cmそこそこ、犬耳としっぽが生えていなかったら普通の少年と見分けが付かない。
 ぼさぼさの栗色の髪とくりくりとした大きな目をした少年は男を心配げに見つめていた。
「ああ、心配ない。悪い夢を見ただけだよ。フェイ」
男は着替えをしつつ、笑顔を浮かべながら何事もなげに少年に言った。
「それなら良いのですが・・・。最近多いですよ、先生」
男の笑顔の奥に何かを察した少年は最近多発している、男の叫びを気にしながらも自室に戻った。
「いかんな、仕事が続くとこの始末だ。どうしたもんかな」
気分を落ち着ける為なのか、男は枕元に置いてあるバーボンのボトルを開け、ワンショット飲み干した。
殺風景な部屋にはベットと小さな机、そして壁際には本棚が並び、そこには医学書とか遺伝子工学の書籍がずらりと並んでいた。
その傍らにはコート掛けがあり、そこにはボロボロのコートが掛けられていてその下には大きな十字架をかたどった皮バックが置いてある。
男は何を思ったか、鞄に向かって歩き出し、おもむろに鞄を開けた。
鞄の中からメスを取り出して、鈍く光るメスを眺めながら呟いた。
「因果な商売だな」
窓の外は紫色に光り出し、世界は夜の明ける準備を始めるのであった。
男の名前は「クロフォード」
AH専門医「Dr.クロフォード」である。

AHというのは「人間」と「その他の動物」の特性を持つ「合成人間」である。
当然必要とされる知識は高度なモノがあり、人間に対する「医学」、動物に対する「獣医学」、そして人とその他の動物の遺伝子を拒絶反応を出すことなく、バランス良く共存させるための技術「遺伝子工学」の、それぞれの専門的かつ高度な知識技能を持つモノだけが「AHの医者」を名乗れるのだ。
しかし、AHの医者というのはG.A.N.P.でしか養成していないので、非合法の存在のAH達は身体に異常があっても医者の診断を受けることは出来ない。
医者の診断を受けることは、すなわちG.A.N.P.に保護される事になるからだ。
しかし、世間というのは良くできているというのか、非合法のAHを見る「闇医者」と云う存在もあるのである。
「闇医者」というだけあって、その存在も「闇」であり仕事自体もかなりのリスクがあり、報酬も法外である。
だが、報酬が法外であってもその需要は少なくなく、闇医者も増加の一途を辿っている。
医者の供給元であるG.A.N.P.は闇医者の増加を防ぐため、手持ちの医師は「公務員」として雇用し「頭脳流出」を防いでいる。
それでも闇医者がいると云うことは、つまり「知識技術力のない闇医者」がいるということである。
質の悪い闇医者の存在は非合法AHの生存を脅かすことでもあり、社会問題の一つとして取り上げられているのである。


 
<クロフォード・ヴァレンシュタインの手記>
5月29日 癇に障る程の快晴

今回の依頼は、はっきり言って気が進まない。
もっとも、何時だろうと裏家業の依頼は御免被りたい所ではあるのだが…
よりにもよって今回の依頼主は、あの天下のG.A.N.P.本部だという。
人を馬鹿にするにも程があろう。
あそこなら最新鋭の設備と生え抜きの医療スタッフがいくらでもいるだろうに…

私の端末に、メッセージが入っていた。
差出人は「F.KIRISIMA」…!キリシマだと!!!。
A.H開発の第一人者であるリューゾー・キリシマの名はあまりにも有名だが、私にとっては久しく目にしなかった名前だ。此処にいても彼の最高傑作、フェイ・キリシマの名前は耳にする機会が多い。
私の優秀な(?)助手、フェイのオリジナル。(彼についてはいずれここに書こう)
おそらくその彼からのメッセージなのだろう。
だが何故…
モニタから流れる、甲高い声は私の癇に障った。
「助けてください!もう頼れるのは貴方しか居ないんです…。
 ディーンが…ディーンが目を醒まさないんです!…」
私は端末の電源を切った。
私には関係のないことだ…自らこの世界に隠遁した私に、どうしておめおめと日の当たる場所に出られよう…。もう二度と、G.A.N.P.と関わることはあるまいと思っていた。
…いや、もう過ぎたことだ。
今の私は、此処でこうして医者の真似事をするモグリの無免許医師だ…

だが一週間後、2度目のコールは強制アクセスだった。
流石にオフラインでやってきた客は無下に返せまい。ここを探すのはさぞかし苦労したことだろう。
G.A.N.P.の使いだという彼は一通の手紙を私に差し出した。
隊員の一人が、任務中身体に異常を来し意識不明になったとある。
しかもその人物は自らをA.Hへと遺伝子操作した科学者でもあるらしい。
何と馬鹿げたことを!。
ヒトはそう生まれるべくしてそのカタチを持ちこの世に生を受けるものだ。
それを歪に作り替えてまで何をこの若者は望んでいる!!?。

…私はこの人物に合わねばなるまい。否。自らの意志でA.Hとなったこの若者にどうしても会いたくなった。会って、その真意を聞き出したくなった。
だがフェイは連れて行けないだろう。あそこはあの子には相応しくない…。



次の日の早朝、彼クロフォードはそそくさと身支度を整えると、音を立てぬよう慎重に玄関に向かった。
だが車に乗り込むところで、大事なものを忘れたことに気付き舌打ちをした。
「商売道具を忘れるとは、私もヤキが回ったな…」
「いってらっしゃいませ♪」
不意の声に驚き彼が振り向くと、その身の丈には不釣り合いなほど大きな十字架を抱えた少年が立っていた。
「フェ、フェイ!」
狼狽するクロフォードを可笑しそうに見つめながら、それでも目は笑っていなかった。
「ぶぅ〜〜!。先生、またボクはお留守番ですかぁ〜!??。」
「い、いや。勘違いするな。今回は話を聞きに行くだけだ。
 それに私はこの依頼を受けるつもりはない。」
「うにゅ?じゃあ何で…」
クロフォードは手っ取り早く話を切り上げるべく続けた。
「後で話す。そう云う訳だから、大人しく待っててくれ。」
「む〜〜。おみやげ、忘れないでくださいヨ〜。」
フェイの手から商売道具を受け取り、彼は車に乗り込んだ。
「2,3日で戻る。食料は買い込んであるから、外出はするな。外はお前にはまだまだ危険だ。戸締まりはしっかりな。」
「退屈で仕方なかったら電話しろ。相手ぐらいしてやるさ。」
「そんなこと云って、一度だって電話に出たこと無いじゃないですか〜。電話持ち歩く意味あるんでスか〜?。」
クロフォードはそれには答えず、苦笑の笑みを浮かべて車を発進させた。
バックミラーに映る小さな人影は、両手を腰にあて、いかにも不満げに彼の車を見送っていた。
それが彼にはやたらと嬉しかった…。

  空港に着くと同時に、電話の呼び出し音が鳴る。
G.A.N.P.本部だ。
「あ、Dr.クロフォードですか?」若い男の声が聞こえる。
ぷちっ。電話を切る。
「タダでさえ、やる気のない仕事なのに、他人の意見など耳を貸す余裕はない」
正解である。
電話の主はG.A.N.P.本部付きの主任ドクターだった。
現場に到着する前に、あらかじめ情報を入れておこうとした行為だったらしい事を後で聞いた。
自分で言うのも何だが、こう見えてもAHの治療に関しては誰にも負けないと言う自負がある。
ケツの青いドクターの話なんか何の参考にもならない。
そう思いつつ、搭乗カウンターへ向かう。
「バンコクまで。一番早い奴をな」チケット販売機にそう呟くと、ひとしきり時間を置いた後にチケットが出てきて、販売機が答える。
「搭乗受付は5分後、13番スポットです。ご利用有り難う御座いました」
いくら、コンピュータ技術が発展したとはいえ、合成音声のしゃべり方は何時聞いても耳障りの良いモノではない。
ふと、チケットを確認するとこう書いてあった。
”コンコルドMk−?”
「確かに速いな、これは。」私はほくそ笑んだ。
”コンコルドMk−?”とは次世代超音速旅客機の名前だ。
最高速度マッハ3を誇るこの旅客機にかかればバンコクなどものの3、4時間で着いてしまう。
普通の旅客機の3倍のスピードだ。
搭乗手続きを手早く済ませ、自分の席に着くとおもむろにポケコンを取り出した。
「さてと、G.A.N.P.のメインコンピューターには私のアカウントが残っているって言ったよな」
G.A.N.P.の使いだという男の言葉を思い出した。
シート横のケーブルをポケコンに繋ぎ、私はG.A.N.P.のメインコンピューターにアクセスした。
「まずはクランケ(患者)のデーターからだな」
慎重にデータベースのデータをチェックする。
ディーン・ウォーレス。男。遺伝子操作により普通の人間をAHへと変化させる技術を「実用化」した学者。G.A.N.P.本部所属。数々の難事件を解決。
「ご立派な経歴だな。」吐き捨てた。続けてデータを読む。
AHへの転換は遺伝子操作を行った血液の入れ替えによる。
「やばいな。あの方法は遺伝子の不確定因子の解析が終わらない内にはできん筈なのに・・・」
私はポケコンの画面からふと視線を外し、窓の外に視線を向ける。
窓の外には紫の雲海が広がっていた。
 





――暗転(暗い淵より…)


何も見えない。
何も聞こえない。
何も感じない…
ここはどこだ。それさえ判らない。


…もし、コレが“そう”だというのなら、「死ぬ」って結構簡単…なのかな?

けれど…

消え去りそうな俺をつなぎ止めているモノがある。
それが何かは解らないけど…とても強烈で、鮮明な「光」…

…そうだ。「光」だ。
何も見えないはずなのに
闇の中にいるはずなのに
確かに感じる“それ”は、俺を…呼んでいる…様な…気がした……





――同日、18:04。バンコク、G.A.M.P.本部

流石にこの時期この地方は暑かったが、コートを脱ぐ気はなかった。
夕焼けが街全体をオレンジ色に包み込みながら、この街はこれから夜を迎えようとしている。
だが、通りが活気付くのはまだまだこれからである。

「いやはや、来て下さって感謝いたします。遠い所をようこそお越し下さいました。」
握手を求めつつクロフォードを迎えたのは、人の良さそうな、しかし何処か癖のありそうな男だった。
『本部長自ら出迎えて下さるとはね…。』
無論口に出しはしない。
「…医者ってのは急患と聞くと取るものも取り敢えず駆けつける習性がありましてね。
 それに、まだ依頼を受けるとは言っていません。まずは患者に会わせていただきたい。」
素っ気なく切り返したクロフォードに、彼は一瞬顔を曇らせたが、すぐにまた元の調子に戻ると二の句を継いだ。
「ああ失礼しました。是非お願いします。我々にも事態が良く飲み込めていないんですが…。」


それにしてもこの本部長という男は良く喋る。
クロフォードを案内する間、彼は一方的に喋り続けた。
普段ならこういう他愛のない話題には耳を貸さないクロフォードであったが、
――いや、事実この時も話などろくに聞いてはいなかったのだが――不思議と不快感はなかった。
そういう人柄なのだろうとは感じたし、気まずくなるのを避けようと気を遣っているのだと理解もした。

「私を…。」
「は?。」
突然、クロフォードの方から口火を切られ、少々慌てたのだろう。
次に何を話そうかとあれこれ考えを巡らせていた彼の頭の中はきれいにリセットされ、代わりに間の抜けた声を発していた。
「…私のことを捜し出すのは大層骨が折れたことでしょう。…たとえ天下のG.A.N.P.諜報部でも。」
「…は、はぁ。」
「何故です。」
クロフォードも自分が何を言いたいのか分からなかった。
考えて喋っている自覚はなかったが、こういうときは言葉の方が勝手に口をついて出てくるものだ。
「何十人もの隊員が危険と隣り合わせの任務に就いている。
 今回に限らず、特異なケースというのは今までにもあったのでは?。」
「…おっしゃる意味が解りかねますが。」
「私に依頼を持ち込むほど、特殊な事情があるのか、それとも患者はそれ程重要なスタッフなのか……?。」
二人の歩が止まる。
窓から真横に入ってくる橙色の光線が二人の男に力強く注ぎ、壁にその濃い影を映していた。

「…。」
一瞬の沈黙のあと、本部長はクロフォードに向き直った。
今までの表情からは信じられないほど真面目な顔。重責を背負う人間の眼差しであった。
「どちらでもありませんな。
 まずは見ていただければ解ると思いますが、今回は純粋に、本当に私共ではどうにも出来んのです。
 …だから貴方にお願いした。
 …
 それと、我々にとってここのスタッフはいわば家族同然です。
 皆、タイプは違いますが同じA・Hとして同じ目的のために働いている。
 そう。我々と『同じ』A・Hを一人でも多く救うために…!。
 誰が特別だとか、一人一人に対し優劣を付けているつもりはありません。皆同じ私の可愛い部下達です。
 …ふふッ。もっとも、手の掛かる厄介な隊員もいますがね。」
最後になんとも微妙な笑いを残してはいたが、紛れもなく彼の本心であろう。
クロフォードはそれが聞きたかった答えであることに満足した。どうやらこの男の方が一枚上手らしい。

「…いや、気を悪くされないで欲しい。どうも闇医者を長くやっていると考えがひねくれてしまう。
 物事を斜めにしか見られないというのも考え物ですな。
 隠者の世迷い言ですよ。」
「いえ。こちらこそ失礼な物言いを…。このような事、貴方の方がよく御存知な筈。
 お恥ずかしい限りです。」
もう既に、本部長の顔は先程の人当たりの良さそうな表情に戻っていた。
「それに、実のところ貴方に御助力をお願いしようと言い出したのは私では無いのです…。」
「ああ、確か私の端末にコールしてきた少年。キリシマ博士の…。」
「やはり御存知でしたか。」
「彼は今…?。」
「アリゾナですわ。」

会話に割り込んできた声の方に二人が振り返ると、いかにも「秘書」といった風情の女性が立っていた。
G.A.N.P.のユニフォームを着ていることから、彼女もここの隊員であり、A・Hであることが判る。
悪戯っぽい瞳とブロンドの巻き毛が美しい、映画にでも出てきそうな美女だ。
「ここに居てもあのコ、ふさぎ込んでるかポッドの前で泣いてるかどっちかなんですもの。
 カイと組ませて油田基地跡の調査に行かせました。
 少しは気も晴れてくれれば良いんですけど…。」
「ああっとイケナイ、初めまして。クロフォード・ヴァレンシュタイン博士ですね?。
 シンディー・ロズウェルです。お噂はかねがね。」
いっぺんに喋られ、少し呆気にとられたが、屈託のない笑顔は場をなごませる効果があったようだ。

「大丈夫なのか?。」
「ええ、心配いりませんわ。調査と言っても、廃棄された油田基地に身を寄せる
 非合法A・Hの保護を地元G.A.N.P.隊員と一緒に…。
 要はお手伝いですから。2、3日もすれば帰ってこれますわ。」
「そういうことを言ってるんじゃない。
 カイと一緒だなんて、私の胃にこれ以上負担をかけさせんでくれ…。」
「あら、フフ。ああ見えてあの二人、結構上手くまとまってますわよ♪。
 お互い、自分に無いものを認めてるのよ。」
「…お前がそう言うのなら、……まぁ信用しよう。」
じゃれ合いとも取れる他愛の無いやり取りであったが、クロフォードは懐かしい匂いをかいだ気がした。
当の本人は認めはしないだろうが。
それが何か思い出すことも出来ない、ひどく曖昧な懐かしさであった。

「おっと失礼。お見苦しいところを…
 ささ、此方です。シンディー、君も来るかね?。」
「ええ。」

――街灯に明かりが灯り出す…。
旧時代から続くこの街の風景が、より一層輝きを増す時間であった。




<フェイの日記>
5がつ30にち、あめ

きょうのあさ、せんせいはおしごとにでかけました。
とってもとってもつまんなーいです。せんせいのばーか
ぼくだってきちんとおてつだいできるのに。
まだやっぱりちはこわいけど、たくさんでてなきゃダイジョブだもん。
おそおじだってせんたくだってできる。
ちのついたガーゼはゴミのひにだしちゃダメなんだって。せんせいしらないだろな。
ぼくじゃ、せんせいのおやくにたてないのかな?ちょびっとだけさびしーです。
ぼくはまだこどもだけど、はやくおおきくなって
せんせいみたいなかっこいい「やみいしゃ」になりたいです おわり。

あときょうはせんせいがいないのでてぬきして
ばんごはんはしるきーのピザをたのんだ。
ハンバーグとエビのいっぱいはいったヤツがだいすき。
でもぼくひとりじゃたべきれないから
あしたハマーさんとこのペスにわけてあげるんだ。




  ――同、G.A.N.P.バンコク本部

「やめてください!あなたはまだG.A.N.P.に入ったばかりなんですから!!。」
「うるせえ!!!、そこをどけ!。」
「無茶です!。単独行動は危険ですったら!。ミョウジンさん、先ずは落ち着いてくださいよ。」
「コレが落ち着いてられるかよ!やっと掴んだ手がかりなんだ!!。
 コイツぁ俺の敵だ!だったら俺が担当したっていいじゃねえか!」
「ああもう、まだパートナーだって決まってないってのにわがまま言わないで下さいよ!。」
「何事だ、騒々しいぞ!。」
「ア、本部長。いいところへ…。いえね、この新入りが…。」
「例の患者を見るなり『ちくしょう、見つけたぜ!』とか何とかいきなり訳の分からん事を…」
医療センターの前まで来ると、何やら一悶着起きていたらしい。
事務系らしいヤサ男風の隊員数人と、「ミョウジン」と呼ばれた派手な隈取りに奇抜な髪型の男が争っていた。
“本部長”という言葉に反応したのか、彼―ミョウジン―は、まとわりついている男どもを振り払い
ツカツカとこちらに歩み寄ってきた。

「アンタが本部長か。丁度いい、何も言わず俺を今すぐあのオオカミさんの事件の後任にしてくれ!。」
「なーに?アナタ藪から棒に。ちゃんと事情を説明しなさい。
 でなきゃコッチだって分かんないわよ。」
シンディーが突っ掛かる。
「うるせえ!、アンタにゃ聞いてねえ。女は引っ込んでな。」
「んま!失礼ねッ。今どき時代錯誤だわよ!、そんな発想。
 まったく、オツムの軽そーな子ね〜。だいたい『何も言わずに』どうやってOKするのよ?!。」
「ぐッ…。チッ、いちいち細けーこと言いやがって、コレだから女は…」
「ちょっとぉ〜?今の問題発言よ?。」
「二人とも、いい加減にしないか。お客様の前だぞ。」
――全くだ。内輪揉めなら余所でやってくれ。クロフォードはウンザリしていた。
しかし先程のやり取りの中に、気になる部分があった。それにこの男にも。
何かが頭に引っ掛かっている…
「『オオカミ』と言ったな?。君はあの患者を見たのか?
 …それと『俺の敵』だとも。
 知っている事を全て話せ。」
「な、なんだよアンタ…?。」




――数分後、医療センター内

「――――人狼(ウェアウルフ)……。」
クロフォードはポツリと呟いた。その場にいる者は他に誰一人言葉を発しない。
彼の次の言葉を待っているのだ。
「ほぅ…。」
コールドスリープ(冷凍冬眠)装置のような医療ポッドに横たえられたその者は、成る程確かに言われてみれば
伝説に謳われる“狼男(ワーウルフ)”に近いのかも知れない。
色素の薄い体毛が身体のあちこちを覆い、耳も大きく尖っているように窺える。爪も長い。
だが完全におとぎ話の狼男のような姿とは言い難い。
丁度、満月の晩に狼に変身する途中の段階と言えるだろうか、顔も身体もキチンとヒト型を留めていた。
その顔は、表情こそ無いものの患者の元の顔を容易に判別できるし
何より、化け物のような恐ろしさなど微塵も感じない。
むしろ…
「A・H版『眠り姫』だな…。」
「ええ、患者の意識はまったくありません。脳は微弱ながら活動していますが、そこにコチラから直接信号を送っても反応は皆無でした。」
冗談めかして『眠り姫』と形容したのだが、そばにいた医療スタッフの一人はこともなげに切り返した。
彼はもう悟っているのだろう。
この患者が『植物状態』であると…
「フム…。」
「…実際のところ、大変言いにくいのですが…、…彼はもう…。」
本部でも、何度も何度も検査を繰り返し、治療を試みてきた。誰が大事な仲間を見捨てることが出来るだろう?
彼も断腸の思いで決断を下したのだ…。目を伏せ、固く握りしめた拳が細かに震えている…

「フン、そう決めつけるのはまだ早いさ。」
「!。…と、言いますと?。」
それまで、沈痛な面持ちでその場にいた一同の視線がクロフォードの方を一斉に向いた。
「…チベットで一人、イスラエルで一人、私はこういう患者を診てきた。
 それと同じかどうかはまだ判らんが、おそらくコイツはA・H特有の病気さ。奇病ってヤツだ。
 まぁ、詳しい事は後で説明するとして…」
ポッドの中の人物を見つめながら話していたクロフォードは向き直り、
「君、ミョウジン…と言ったか?。」
「…レッカでいい。烈火だ。明神 烈火。俺の故郷じゃファミリーネームが先に来るんだ。」
「そうか。東洋人なのだな君は。ではレッカ、君の話を聞こう。
 このクランケを見て思った事、知っている事を全て話すんだ。
 気付いているか?。彼…ウォレス博士は君と“同じ”なのだよ。」

「!?」
一同の視線が更に注がれる。
「君も“元”ノーマルタイプ…。そうだな?。見れば分かる。」
「…だ、誰なんだよ。アンタ一体…?。 」
「ただの医者だ。質問に答えろ。」
「ちょ、ちょっと待って下さい!彼の入隊ファイルにはそんなこと一言も…」
同席していた隊員の一人が割り込んできた。先刻必死になってレッカを引き留めていた男だ。
「だろうな。
 私の見たところ、君からはA・H“らしさ”を感じない。“匂い”が違うのさ。」
「…」
その場にいた全員、言葉も出なかった。
ある者はこのレッカと名乗る謎の青年に、またある者はそれを一目で見抜いたクロフォードの眼力に、それぞれ驚きを隠せないでいた。

「…
 ふぅ、
 …あ〜そーだよ。俺ぁ元々『ただの人間』だ。
 けどよ、今時そんな珍しいモンでもねえだろ。後天的A・Hだって、そのうち増えてくるさ。
 ファイルを誤魔化したのは悪かったよ。説明が面倒だったからな。そんだけさ。」
「それだけか?」
「ああ。」
察しのいい者は、それだけで無かろう事に何となく気付いていたが、敢えてクロフォードの言葉を待った。

「ではこの彼が、ウォレス博士が事実上君たち後天的A・Hの『産みの親』だとしたら?」
クロフォードは別のことを言った。
「さっき名前を聞かされてピンときた。有名人だからな。
 なんでも学会を追放されたとか何とか。それ以外は知らん。」
「一般的には…そうね。ディーンが、この子が発表した成体再改造技術が漏洩して
 今現在も悪用され続けてる。
 でもね…!」
「そうだ。彼はその技術を悪用する奴等を捕らえようと、敢えて自分で自分を改造したんだ。
 我々には判らないが、同じ再改造を受けた君ならその事の意味が判るんじゃないか?」
シンディーと本部長が割って入った。
それだけでクロフォードは、このディーンという青年が、彼等にとって家族にも等しい信頼を得ていることが想像できた。他の隊員達の目も同じ意志の色をしている。彼等の「絆」は想像以上に深いのだろう。

「まあ人はそれぞれだ。彼にもそれなりの目的があってG.A.N.P.に志願した。
 …そしておまえさんもな。
 あるのだろう?。その『敵』とやらが…。」
「う…」
レッカは言い淀む。それがかえって、自分にまだ隠している事実があることを露呈させていた。
クロフォードの尋問は続く。
「この患者と何か関係があるのか?。」
「ちょっと待てよ!さっきからなんなんだアンタはよ!
 まるで刑事みてーに根掘り葉掘り…
 アンタだって自分のこと話してねーだろ。」
「紹介はさっき済んだろう、私はクロフォード。ただのしがない町医者さ。」
「そうじゃねえ、アンタ…へッ、闇医者だろう?」
「…ああそうだ。」
「…?。否定しないのか?」
「事実は事実だ。
 まあもっとも、闇医者と言っても随分とお人好しの部類に入るがな。
 私はさっきまで、この依頼を受ける気なんぞ毛頭なかった。
 たいした稼ぎにもなりそうもなかったんでね。
 それに私だって、こんな表舞台においそれと出てこれる立場ではないのでな。」
短い沈黙が流れる…。
ふと、吹っ切るようにレッカの口から溜息が漏れた。
「アンタも傷持ちか…ハハッ。コリャいいや。
 わーかった。負けたよ。全部話す。
 俺のことも、俺をこんな身体にしやがった奴等のことも…。」
「そういえば、おまえさんのタイプをまだ聞いてなかったな?。」
「あン?タイプ?。んなモンねーよ。」
「?」
「なんたって俺は、そこにいるにーちゃんより…
 『化けモン』だからな。」
 

 

――2122年、キリシマ博士がこの世を去る一年前、Dr.コーワンの手により
   昆虫をベースとしたA・Hが誕生し、良くも悪くも学界の注目を浴びた。
   それまでもH・K合成の世界では、稀にではあるが昆虫類の機能を取り入れた実例が
   (学会において公然の秘密であった)存在していたが、その技術的な難しさや
   被験者への影響、倫理的観点などから禁忌(タブー)と見なされ、
   禁断の技術とされていた…
   
   例えば蟻が人間と同じ大きさであったならば、バス一台持ち上げるのも容易く、
   例えば蚤が人間と同じ大きさであったならば、高層ビルの屋上までひとっ飛びだろう。
   そんな超人を作り上げる技術が、平和利用のためだけに使われることは考えにくい。
   そもそも、そんなイキモノは、果たして既に人間と呼べる代物なのだろうか?
   そして人々の杞憂は、現実となっていくのである…



<レッカ・ミョウジンの独白> 

「バケモノ」
……せえ。

「怪物」
…るせえ。

「異形」
うるせえ!!!

「ヒトじゃないもの。」
やめろ!!!

「かといってA・Hでもないしね」
黙れ!!!
んな事言われなくたって分かってんだよ!

「可哀相に、キミはもう…」
言うな!。言うんじゃねえ!!!。ぶち殺すぞ!


――――生キテイテハ イケナインダヨ――――


…ブツン。 <<<BLACK OUT>>>



今でも鮮明に覚えてる。あの、体中をマグマの塊が渦巻くような痛みと苦しみ…
内側から身体の外に飛び出していくような、めくれ上がるような激痛に
俺は何度も発狂しそうになった。


奴等にかかわる前の記憶はあまり無い。
――「奴等」?
俺をこんな身体にした「組織」のことさ。
――名前は?
ご丁寧な事にこれっぽっちも思い出せねえ。
もっとも、覚えてたところで…その名を口にした途端、
――ズドン、か。
――そんな!それはあり得ません!。G.A.N.P.は入隊前に厳重な身体チェック及び
    スキャンがあるのですから。
    そんな爆弾(モノ)があればとっくに見つけています!
へッ、オレサマの本体も見破れなかったお粗末なチェックなんかで分かるモンか。
それに、俺の身体に刻み込まれてるのはきっと、爆弾なんてちゃっちぃモンじゃねえ。
刻印(リミッター)さ。
――…それは何だ?
言ったろ?俺はバケモンだって。
俺の中で飼ってるそのバケモンの封印を外して暴走させるのさ。
アンタ等だろうと誰だろうと、見境なく殺して殺して殺しまくる…
脅威の怪人レッカ様の出来上がりだ。理性がぶっ飛んじまうからな。


そうだ。俺の中には化け物が棲んでいる。
まだ救われてるのは、そいつは俺の意志である程度コントロールできるという点。
刻印(リミッター)を通して、そいつの力を少しだけ使うことが出来る。
「クスクス…そのうち喰われちゃうよ」
「もう自信が無いんじゃないの?」
「今のキミは、どっちなの?」
「人間?」
「怪物?」
「アハハハ。もうどっちでもないんだっけ」
やめろ!!!。俺は俺だ!他に名前はいらねえ!
「無理だよ」
「だって…」

「――ソノ姿ハドウ説明スルンダイ?――」

闇の中に浮かぶ影があった。
それはかろうじてヒト型のシルエットを保っていたが、どう見ても人間ではなかった。
全身を覆うキチン質のような硬い皮膚、それはまさに天然の鎧…
角飾りのように額から伸びる突起と、その両脇には触角らしきものが覗く。
何より、闇の中に滲むように赤く浮かび上がる、昆虫の複眼のような双眸…

「キミハ組織ノ優秀ナル闘士(そるじゃー)ナノダヨ…」
聞いたことのある声がした。




――20:45。医療センター屋上

「……い。」
「おい。」
「え?あ…?」
「どうした。ボーっとして。」
「あ…イヤ。」
何か大事なことを思い出しかけていた気がしたが、思い出せなかった。
ふと気付くと、全身に鳥肌が立っている。

「気分でも悪くなったか?」
クロフォードの観察眼はそれを見逃さない。
「何でもねえ。大丈夫だ。」

他の隊員達は既に退出していた。
とうに皆、勤務交代の時間を過ぎている者達ばかりなのだ。
だがそれとて、ここG.A.N.P.では珍しいことではない。
特に医療スタッフ達などは24時間体制で働いていると言っても過言ではない状態だ。
現に数人は、引き続き患者の容態を監視するために残っている。
「夜風に当たりたい」と言ったレッカのために、医療センターの屋上まで
やって来ていたのだ。あまり他人に聞かれたくなかったのだろう。
その場にいるのは、レッカ、クロフォード、本部長、シンディーの4人だけだった。

クロフォードは理解しかけていた。
この青年を見たとき確かに感じた違和感。
脳裏に浮かんだ疑問符が、一つの結論に収束しようとしている。
だが、まだ今一つ決め手に欠けた…


大まかに要約すると、レッカの話はこうである。
彼は謎の組織に誘拐され、騙されて成体再改造手術を受けさせられた。
それは、昆虫の遺伝子を組み込む禁断の儀式…
当時まだ解決されなかった体組織の違いを乗り越えるため、画期的な…否、“おぞましき”技術がそこには盛り込まれていた。
その技術とは、蝶が幼虫から蛹(さなぎ)、成虫へと変態していくプロセスに着目したもので、
体組成をゼロに還元して組み替える…つまりは全く別の姿へ変身させる、というものらしい。
(実際、蛹(さなぎ)の状態の昆虫というのは、コレが生きているとは信じ難いほど「液体」に近い姿をしている。その状態から、時間をかけて成虫の姿へと自らを作り替えていくのだ。)
彼もまた、普段は人間の姿をしているが、必要に応じ自らを変身させることが出来た。
その姿は、甲虫のような外骨格の鎧を全身にまとった“もうヒトとは呼べぬ”姿だった…


「フン。話を聞くに、相当えげつない改造をされてきたようだな?。」
「…」
「どうした?」
「あぁ?…イヤ、その割には驚かねーんだな。と思ってよ。」
「フッ。まあ、いろんな所で…いろんな患者を見てきたからなあ…
 いちいち驚いてちゃ闇医者はつとまらんよ。」
目は合わせず、軽く伸びをしつつ無感動に答えてみせる。
事実ではあったし、クロフォードにしてみれば取り立てて騒ぐほどのことでもない。
数々の修羅を目の当たりにしてきた彼にして初めて吐ける台詞であった。
「へへッ。…そっか。」
レッカも軽く流した。充分だ。彼もまたここに来るまで随分と辛酸を舐めてきたのだろう。

「…
 で?。そのアナタが何故G.A.N.P.に?」
今度はシンディーが問いただす。
「決まってんじゃねーか!
 そいつらを見つけて…ぶっ潰す!」
「――復讐…か。くだらんな。そんなのガキのするこった。」
「ンだと!。アンタに何が解る!」
「解るものか。死に急ごうとする莫迦者の考えなど。」
「!」
レッカにもクロフォードが何を言いたいのか分かった。
自分でもずっと感じていたことだ。力と引き替えに、失ってしまったモノ…
「おまえさんを改造したっていうその組織とやらの科学者は実際たいしたもんだ。
 まだおまえさんの身体を調べた訳ではないからハッキリとは言えんが
 今までの話を聞くだけでもだいたいの想像はつく。」

「いいか、医者の忠告として、有り難く聞いておけ。
 おまえさんの能力は明らかにその命を削って得られるもんだ。
 安っぽいヒーロー漫画じゃあるまいし、身体を丸ごと作り換えちまうなんざ
 正気の沙汰ではない!
 変態技能だと!?。馬鹿げてる!
 …きっぱり言ってやろう。
 おまえさんはその力を使えば使うほど、寿命をすり減らしているのさ。」
「…」
クロフォードはいつになく感情的だった。
A・Hという次代の申し子達、その影にいつもつきまとう暗い一面…
善人は数えるほどしかいないが、悪人というのは腐るほどいる。いつの世もそうだ。
闇医者稼業にとってそんな悪人も客の一人には違いない。
そして多くの場合、仕事を終えて得る物といえば、空虚なやるせなさばかりであった。
その行き着く先にある悲劇をイヤ程見てきた彼とはいえ、そんな虚しさに慣れるわけではない。
怒りも哀しみも、消えることもなければ枯れることもないのだ。
無論、どちらかといえば被害者であるこの青年に、そんな憤りをぶつけたところでお門違いもいい所だ。
怒りの矛先は、むしろそんな暗闇を産む狂った時代の暗部にこそ向けるべきだと頭では解っている。
解ってはいるが、感情はどうしようもないものだ…


「…ハン、それがどうしたよ。」
「何?。」
「それがなんだッてんだ!」
レッカは激昂した。
「ああそうさ!俺はもうじき死ぬ。
 10年先か、1年先か、もしかしたら明日かも知れねえ。
 だったら、死ぬまでになんとしてもアイツ等をぶッ潰してーんだよ!!!
 いや、だからこそ今の俺には生きる意味があるんだ!
 …いいか、教えてやる!
 奴等はなぁ、いっちょ前に革命だの新時代だのってぬかしてやがるが
 中身は狂った科学者の集まりだ!
 俺みたいなバケモンを作るのになんの躊躇もしねえ、
 ヒトをゴミ程度にしか思ってねえ最低のクズ野郎共なんだよ!」
「…そうさ、今も奴等は、俺みたいな怪物を作り続けてる…!
 アイツ等にとって、A・Hなんて実験用のオモチャでしかねえんだ!」
 
…復讐。まだ若い彼にとって、それは自分の命を懸けるに充分な理由と言えた。
むしろ、今の彼にはそれが生きる理由になっているのだ。
――若さ、か…
クロフォードにも分からない話ではなかったが…


「!。待てよ。待て待て待て…」
「?。どうかしまして?本部長。」
「いや、まさかな…しかし…
 …
 ああイヤ、ハッキリそうとは言い切れんのだが…
 噂に聞いたことがある。
 『闇市場』に隷属する、マッドサイエンティストの集団があるとか無いとか…
 あまりに出来すぎてて胡散臭い話だと思ってたが、そうか。よくよく考えればつじつまは合うな。
 つまりはこうだ…

  「くの一じゃ」