伝説のレインボーセブン 第2話


 赤城で奇妙な色のFDを目撃した翌朝、啓介は眠い目をこすりながら階下へとおりた。
 本当ならまだ眠っていたいのだが、息子の手前、朝食に顔を出さないわけにはいかない。啓介の息子はだれに似たのか早寝早起きで、おまけに常識をふりかざす癖がある。息子に言わせると、太陽が昇ったら人間は起きるものらしい。まったく、年寄りの台詞である。
 「お父さん、おはよう。どうしちゃったの、今日ははやいね」
 「桜、そりゃないぜ」
 娘の桜はすでに制服に着替えていた。茶色の髪はさらさら、肌もつやつやしているし、いつ見てもかわいい。やはり自分と拓海さんの子だ、悪い虫がつかなければ良いけど、と啓介は常々心配している。
 「啓介さん、起きたんですか。メシ、準備してねぇんですけど」
 「拓海ぃ」
 おたまを持ったままの拓海さんは、朝食といえば鯵の開きと豆腐の味噌汁だと言いはり、それしか作らない。これが藤原家の定番だと言われれば、啓介に逆らう術はない。啓介はそれまでの二十数年間の食生活を変えるしかなかった。朝はパンがいいな、などとは口が裂けても言えないのだ。
 「自分で焼いてくださいね」
 だから、鯵の開きを炙ることにも、啓介は慣れた。はじめは焼きすぎて焦がしたり、反対に半生だったりしたものだが。かろうじて残っていた味噌汁に幸せを感じていた啓介は、はたと気がついた。なにか、足りない。
 拓海さんと、桜と、鯵の開きと、豆腐の味噌汁と、ごはん。それと、もうひとつ。
 「───あれ?」
 息子がいなかった。
 桜に驚かれ、拓海さんに予定外だと言われ、それでも啓介がベッドから起きだしてきた原因の、千本がどこにも見当たらないのだ。
 「あいつ、まだ寝てんのかよっ」
 これだけは淹れてくれた茶を拓海から受け取りながら、啓介はまわりを見まわした。やはりいない。
 なのに、拓海さんはあきれたようにつぶやいた。
 「千本が寝てるわけないだろ、とっくに起きて出かけてったよ」
 桜も日本茶をすすりながら頷いている。
 「元気なことで」
 バツが悪くて啓介は鯵の開きに齧りついた。
 「ほんと元気だよね、お兄ちゃん」
 拓海さん似のアーモンド型をした眼をきらめかせながら桜が繰り返した言葉は、朝食を かきこむのに忙しい啓介の耳に入ることはなかったのだけれど───。



「知ってっか?このごろ赤城にレインボーセブンが出るんだってよ」
 「レインボーセブン……って、あの?」
 「そう、あの!」
 排ガスとタイヤのニオイと、それから幾人かの低い話し声。夜の山には暗い熱気がある。
 今夜も啓介は赤城のお山に来ていた。連続して通うと拓海さんの機嫌が悪くなってしまうが、昨夜のことが忘れられずに足を運んでしまったのだ。
 「レインボーセブン?」
 近くの会話に、啓介はひっかかりを覚えた。気をつかったのだろうか、すぐにケンタが横合いから口をはさんでくる。
 「啓介さんが知らないのも無理ないっすよ」
 啓介はレーサーである以上、夜毎に山に来るわけではない。二晩連続でここにいることのほうが珍しかった。
 「いろんな峠に出てきてるみたいなんすけど、2〜3本すごい速さで走ってすぐ消えちまうんです。車から降りないからどんな奴なのかぜんぜんわからないんですけど、なにしろ車にインパクトがあって」
 「もしかして、色か?」
 啓介の脳裏に昨夜の車体が浮かぶ。そうだ、あれは……。
 「そうっす。もとのボディは白なんですけど、パーツごとに色が違うんですよ。ボンネットは赤で、リアスポはたしかピンク……他にもいろいろ混じってんです。オールペンすりゃいいのに、金がねーんでしょうね、きっと」
 「だからレインボーセブンか」
 「赤城には今まで現れなかったんですけど、とうとう来たみてーすね」
 啓介は腕を組んだ。正体不明のレインボーセブン。ばかっ速くて、一度見たら忘れられないインパクトがあって。
 それは、だれかに似てはいないか?
 そう───啓介が兄以外にはじめて敗れた、あの……秋名のユーレイに。
 「来たぞ!」
 物思いにふける啓介の頭上を、興奮した声が飛んだ。
 「レインボーセブンだっ」
 とたんにざわめく駐車場に、啓介は片頬をつりあげる。なんだか楽しくてしかたない。長く忘れていたような、この興奮。やはり自分は根っから速いヤツというものが好きらしい。
 「へっ、噂をすればってやつか」
 最終コーナーから飛び出してきたヘッドライトが速度を落とさずストレートを流してゆく。ケンタの言ったとおり、そして昨夜啓介が見たとおり、車体にさまざまな色が混ざったレインボーセブン   。
 その、レインボーセブンのドライバーが……たしかに自分を見た、と啓介は感じた。見えたわけではない。ただ、感じたのだ。
 「……おもしろいじゃねぇか」
 啓介はFDにすべりこむと、ベルトをしめつけた。視界の端で、レインボーセブンがスピンターンをかましたのが見えた。
 「逃がすかよっ」
 駐車場をレインボーセブンが通りぬけた瞬間、啓介も後を追って飛び出した。
 あれは、オレの獲物だ───。

 第2話・完