デッド オア アライブ、死ぬか生きるか、人間はこの選択が出 来ると思う、誰だって一度は死にたい、死んだ方がまし、と思っ た事が有ると思う、それでも結局は生きる方を選んだから今こう して生きている。

人は必ず死ぬ、何時かは死ぬ、あたりまえの事なのだが、忘れが ちに成るような気がする、ずっと生きていられると錯覚を起こす のもしょうがない、少なくともこの日本は非常に平和な国である とは思う、けど実は死なんてコンドームよりも薄い膜で俺達の背 中に張り付いている気がする、いつだって平和な分いきなり目の 前に突きつけられる、池袋のデパートの前で誰がいきなり昼間か ら刺されて死ぬと思うってさ、誰も死ぬ事なんて普通は考えない って、少なくともこの平和な日本では。

オフィスワーク等よりも死に近い場所に居るような気がする僕の 仕事は、ビルの窓ガラス清掃。よく「怖いでしょう、どのくらい 高いところまでやるの?」と聞かれる仕事です。実際年に何人か は落ちて死んでいる。だけどいつも思うのは、「生きるか死ぬか は運だ」、脚立から落ちて死ぬやつも居れば、二階から落ちて無 傷のやつも居る、その差は何だ、運としか言いようが無い。しか し30メートルの高さから落ちれば間違いなく死ぬ、100メートルの 高さから落ちても間違いなく死ぬ。俺にとっては10も100も代わら ない、「どのくらいの高さ?」おれには関係ない、「落ちたら死 ぬ」、「きけん」だって?、人間何時かは死ぬんだ、俺はまだ生 きてるから、生きる方を選んだから、どうやって生きるかだけ考 えれば良と思う、そうしてるうちに何時かは死ぬって。
もういいよ、と言う方は、こちら=>
ケンボーとジュンちゃん
俺が二十歳ぐらいの時、もう十年近く前の話、その頃よく付けで 飲ましてもらってた新宿の飲み屋に、当時二十歳、ジュンちゃん 、て呼ばれてた娘がバイトで入ってさ、元々は銀座のクラブに居 た娘なんだけど、体を壊してさ、もっと楽に働こうと思ったらし くて、新宿に来たらしかったんだ、そんでもって、その頃に客と して来てた、ケンボーってのが居てさ、わざわざ大宮から来てた んだ、そいつはバイクのカタナ1100に乗っててさ、俺もそうだっ たけれど、あいつもよく女の子を口説こうとしてたんだ、なんか 人懐っこい奴で、よくおれの音楽についての戯言を聞いてくれて てさ、大宮に住んでるって事と、ケンボーって呼ばれてる事しか 知らなかったけど、俺は結構好きだったよ。
それで、そのケンボーがさ、ジュンちゃんが入ってから、猛烈に (死語)アタック(これも死語)してさ、最初はジュンちゃはシ カトしてたんだけど、あまりに猛烈アタック、だったんで、「ま あ付き合ってみるか」って思ったんだって、ケンボーの喜びよう は、ウザイくらい凄かったよ、よっぽど嬉しかったんだろうな、 調子に乗って、きつい酒、ガバガバ飲んでたよ、そんで其の日の 帰りにバイクで事故って死んだよ。

俺が知ったのは死んでから一週間ぐらいあとだけど、ジュンちゃ んは其の日に電話したんだってさ、其の頃、携帯なんて無かった からね、家の人が言ってたって。ひどい話だよ、なんで神様はそ んな真似するのかな、いったい何の意味が有ったのかな、ちくし ょう。
俺がそれを知った日に、ジュンちゃんも店に居てさ、普通を装っ てたけど、やっぱ辛そうでさ、俺が来てちょっとしたら、ママさ んが、帰って休みなって言ってさ、ママさんに言われて俺が送っ てったんだ、俺も二十歳そこそこの小僧だったから、なにを言え ば良いのかなんて解からなくてさ、そんな時に言う事なんて何も 無いのに。

しばらくボーとしてるとジュンちゃんの方からポツリポツリとし ゃべり始めてさ、ケンボーのこと、正直に言って特別好きなわけ では無かった事、悲しいってのとちょっと違う事。
俺もそんなに悲しい訳ではなかった、ただ、もう何かして上げよ うって思っても、何も出来ないし、何もして上げられなかった、
後悔と悔しさ、だけが残っちまったんだ。そう思って、ポツリと 言ったら、ジュンちゃんは、何も言わないで泣き始めたよ。夜は 明けていたよ。

ただ今思うとジュンちゃんは、後悔して自分を責めていたんだと 思う、あの時「付き合っても良いよ」、って言った事を、じゃあ 言わなきゃケンボーは死ななかったのだろうか、今となってはも 誰にも解からない。あの時「ジュンちゃんのせいじゃないから、 自分を責めるな」って言ってあげれば良かった。
後悔ばかりだよ、俺も、ジュンちゃんも、ケンボーも。
ちくしょう。

しばらく其の店には忙しくて行けなくてね、一月ぐらいしてから 顔を出したんだ、そしたらそこには別人のように派手になってる ジュンちゃんが居てさ、「銀座に戻ることにした、トール君あり がとね」、っ言って笑ってくれたんだ、彼女はきっと、生きてい く方を選んだんだ、どうやって生きるか、その一歩が銀座に戻る 事だったんだろう、生きている俺、ジュンちゃんはハッピーに成 る事を、目指さなきゃ、自分で考え、生きているうちは目指さな きゃ成らないと思う、死にたくないって言いながら死んでいった 人のためにも、そうしてるうちに俺達にも死はやって来る。
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死の淵
たまに、仕事をしていると、死の淵を見たような気がする事がある、
大抵それは、ほんの一瞬であって、次の瞬間には、「うっひょー、
あっぶねー」って感じで、もう死の淵は見えていない。
それは、きっと運命が死の淵の見える所まで転がってきて、
死の淵が見えてきた所で、反対に転がったんだと思う。
ビルの屋上の淵(パラペットって言うんだけど)は、まさに
死の淵だね、だいたい幅50センチぐらいしか無いんだけど、その
上で、2、3十キロぐらいあるロープとか裁いてると、ゾクゾクしてくる
一歩踏みはずせば楽勝で死ぬ、普通は怖いよなー、そう考えると
ヤバイ仕事だよ本当に。
前にロープ作業やってる時に、下に親子が居てさ、母親が子供に
言ってたんだ、「勉強しないと、あんな風に成っちゃうのよ」、
だってさ、子供には人気が有るんだけどなー、この仕事。
考えれば、考えるほどヤバイ仕事なんだけど、その死の淵が見えるのは
たいてい一瞬だから、ヤバイ事やってるって事を忘れちまう事があるん だよ、ドジっちまうのは、そんな時だよなー、俺は臆病な人間だから
あまり忘れる事は無いんだけど、「うっわー、やっべー」って思った
事が一、二度有る、少ないけどね、そう何回も有ったら、気が狂うって
でも死ぬ奴はその一、二度で死ぬんだろうな、きっと「やっべー」なん て思うまもなく、死の淵、越えるんだろうよ、人生最後のドジ。
何が言いたいののか言うと、そう言う仕事をしていると、危険に、鼻が
利くように、なってくるんだよ、ヤバイ匂いってのが、本当に有ってさ
プンプン臭ってくるんだよね、仕事中じゃなくても、そうゆう臭いのす る時は有るよ、それをボーと、してると気づかないで、死の淵が目の前 に迫っても、よそ見して超えちゃうのかもしれないなー。
ああ、また何が言いたいのか解からなく成ってしまった、まあ戯言だし
べつに良いかー。
どんな感じか、参考までに、写真のせマース。
このブランコとロープ
を担いで、死の淵まで
登るのよーん。
これがブランコ
これが、ロープ
こんな感じで縛るのさ
楽勝で死ねる
おーい、メシにすっぺーよー ま・さ・に・死の淵てかー
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死にたい、は、生きたい
最初に書いたように、多くの人は、生きていくか死ぬか、
この選択が出来ると思う、誰だって一度は死にたい、と思った事が
有ると思う、僕の知り合いにも、リストカットをした事がある人が
何人か居る、その理由は、それぞれで、何かを誰かに伝えようとして
する人も居れば、鬱に入ってヤッチマウ人も居る、ただ、どっちに
しても、する時は死を選んでいるんだと思う、「選択の自由」、
そっちを、選んだのならば、無理にとめる事も無いような気もする、
ただ、やはり、いい気分には成らない、だから僕は、今までも、
とめてきたし、これからも、とめるだろう。
僕は自殺をした人ではないので、自殺をした人の気持は解からない、
ただ、思う事はある、何度も云うようだが、誰だって一度は、死にたい
死んだ方がまし、と思う事があると思う、だけど、本当は、死にたい
って言うのは、どうし様も無いほどの、生きたいって言う渇望の上に
有るような気がする。
どんなに世の中に対して、嫌気がしたって、どんなに自分の人生に
絶望したって、心の中では、「ちくしょう、なんでだよ、どうすりゃ
良いんだよ、どうしようもねーよ、その他もろもろ」、の思いが
駆け回っている、そう言う思いってのは、生きているからであって
死んだ人間には必要ない。心の中では、生きたい、生きたい、って
泣いている。
死にたい、は、本当は、生きたい。そんな気がして成らない。
なんか・・・・・・・・・死ぬの怖いし、死にたくないって言ながら
死んでった人も居るから、それを思うと、ねー。
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